第127回 父が繋いだお寺とのご縁。臨済宗の菩提寺で迎える最後のお別れと初七日法要#1188

2025年12月、91歳で大往生を遂げた父。葬儀の準備を進める中で改めて感じたのは、父が長年築いてきた「お寺との深い絆」でした。代々続くご奉仕の精神と、住職が父に寄せてくださった格別の配慮。形式だけではない、温かな弔いの形について綴ります。

父が尽力した菩提寺との深い繋がり

僕の実家の隣には、臨済宗の菩提寺があります。ここには祖父母も眠るお墓があり、僕たち家族にとっては非常に身近な場所です。

特に祖父と父は、代々このお寺での「ご奉仕」を大切にしてきました。毎年夏に行われる大きな年中行事では、全国から集まる参拝客のために、早朝から夜遅くまで1週間ほど詰め切りでお手伝いをするのが我が家の慣わしでした。

父が80代後半で引退してからはしばらく途絶えていましたが、2025年の夏、僕はふと思い立ち、住職にお願いして4日間ほどご奉仕をさせていただきました。今振り返れば、父が健在なうちにその役目を引き継げたことは、何かのご縁に導かれた結果だったのかもしれません。

住職との打ち合わせと、父への敬意

父の看取りが近づく中、僕は定期的にお寺へ足を運び、住職に状況を伝えていました。住職も両親のことを長年気にかけてくださっており、「その時」が来たらよろしくお願いします、と心づもりをお伝えしていたのです。

父が亡くなった当日、葬儀社からの確認事項(枕経や初七日の進め方など)を携え、改めてお寺を訪れました。そこで住職から提案された内容は、父のこれまでの貢献を汲み取った、非常に手厚いものでした。

本来の形を重んじる「初七日法要」の提案

最近では、葬儀当日に初七日法要を併せて行う「繰上げ法要」が一般的になっています。しかし、住職は僕にこう仰ってくださいました。

「最近は葬儀と一緒に済ませることも多いけれど、本来の形ではありません。お父さんはこれだけお寺に貢献された方ですから、しっかりとお送りしてあげたい。10日に葬儀を行い、13日にお寺で改めて初七日法要をしましょう」

この言葉に、形式的な儀式を超えた、父という人間に対する敬意を感じて胸が熱くなりました。

受け継がれる絆と戒名に込められた想い

さらに驚いたのは、戒名についてでした。事前に相談していたこともあり、住職は「生前のうちに、もう準備してありますよ」と、父のために相応しい名を既に用意してくださっていたのです。

10日の葬儀には、住職と僕と同世代の若住職のお二人で読経に来ていただけることになりました。親子二代でお経をあげていただけるというのも、父が長年お寺を支えてきたからこその御厚意だと感じます。

父がこの場所で積み重ねてきた功績と、それに応えようとしてくださるお寺の真心。深い哀しみの中にありながらも、家族として誇らしく、身の引き締まる思いがしたのでした。

まとめ:縁を大切にすることの尊さ

東京から駆けつける家族や親戚を迎え、父の最後の旅立ちを整えていく中で、目に見えない「徳」のようなものを感じずにはいられませんでした。

父が守ってきたお寺とのご縁を、今度は僕がしっかりと受け継いでいかなければならない。通夜を翌日に控え、静かな決意とともに父の背中を追う準備を整えたのでした。

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京都市出身、現在は東京都江東区に住まい、妻と一緒に小学生&保育園の二人の子育て中。両親の介護で京都との二拠点生活です。
「野菜作りを楽しむ」をコンセプトにした家庭菜園や農体験の運営を仕事として10年やってきました。今は独立して様々な情報発信などのお仕事と、不動産の管理などをしています。

Posted by ロスジェネ40代の、あれこれ記録帳