第125回 父を見送った師走の朝|京都での家族葬の準備と、支えてくれた人々への感謝#1186
2025年12月8日、91歳で人生の幕を閉じた父。東京から京都へ駆けつけた僕を待っていたのは、悲しむ間もなく始まる数々の手続きでした。住み慣れた東山区から下京区のサ高住へ移り、最期まで自分らしく生きた父の旅立ちの日。葬儀場の選定から菩提寺への連絡、そして温かく見送ってくださった施設の方々との交流まで、慌ただしくも心温まる一日の記録を綴ります。
## 91歳、大往生を遂げた父との対面
2025年12月8日、父が満91歳で息を引き取りました。昭和9年から令和7年まで、激動の時代を走り抜けた父の人生。本当によく頑張ったと思います。
東京から京都のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)へ駆けつけたその朝、動かなくなった父と対面しました。「一人でよく頑張ったね」と声をかけ、認知症の初期症状が進む母にも状況を伝え、父の部屋で最後のお別れをさせました。静かな時間も束の間、ここから怒涛の手続きと手配が始まりました。
## 納得のいく見送りのための「事前の準備」
実は、主治医から「もう長くない」と告げられていた11月下旬、僕は密かに葬儀場のした見を済ませていました。
父が長年暮らした京都市東山区には、親族の葬儀で利用してきた馴染みの会館があります。しかし、今の東山区は世界的な観光地となり、周辺は常に混雑しています。以前の対応に少し不安を感じていたこともあり、今回は両親が現在暮らす下京区の居室から近く、落ち着いて見送れる場所を探していました。
選んだのは、京都駅南側の東寺に近い、家族葬に最適な会館です。朝9時に連絡を入れると、1時間後には遺体の移送が可能とのこと。事前のリサーチがあったおかげで、混乱することなくスムーズに初動へ移ることができました。
## 菩提寺との絆と、葬儀日程の決定
次に行ったのは、実家のすぐ隣にある菩提寺への連絡です。 ここの住職は父とも非常に仲が良く、以前から父の状況を共有していたため、話はとてもスムーズに進みました。
- 12月9日:通夜
- 12月10日:葬儀(告別式)
電話一本で滞りなく日程が決まり、長年築いてきたお寺さんとの信頼関係の有り難さを改めて実感しました。
## サ高住スタッフの方々の温かい涙
午前10時、葬儀社の車が到着しました。父の遺体が移送される際、心から胸を打たれる光景がありました。
サ高住のスタッフやヘルパーの皆さんが全員建物の前に出て、手を合わせ、一礼して父を見送ってくださったのです。入居してわずか2年足らず。きっと毎日わがままを言ったり、ご迷惑をかけたりすることも多かったはずですが、中には涙を流して別れを惜しんでくれる方もいました。
父の最期を支えてくださった方々の優しさに触れ、この施設を選んで本当に良かったと心から思えた瞬間でした。
## 葬儀の打ち合わせと、次の一歩へ
その後、遺体移送を追いかける形で葬儀会場へ向かいました。 祭壇やプランの詳細を選び、予算を把握し、お寺さんへの確認事項を整理します。お昼前には葬儀の全体像が固まり、東京にいる家族へ日程を伝えました。

一息つく暇もなく、今度は自転車に飛び乗り、主治医の先生のもとへ「死亡診断書」を受け取りに向かいました。

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