情念の京都を歩く。近松門左衛門が描いた『堀川波鼓』の悲劇とゆかりの地#1171
京都の街角には、今も古典文学の情念が息づいています。今回ご紹介するのは、近松門左衛門の名作『堀川波鼓』。実話に基づいた「女敵討」という衝撃的なテーマを軸に、堀川下立売の屋敷を舞台に繰り広げられる男女の悲劇を紐解きます。
- 第1問: 人形浄瑠璃『堀川波鼓』の作者である、江戸時代を代表する劇作家は誰か?
- 第2問: 『堀川波鼓』が、大坂の竹本座で初めて上演されたのは西暦何年か?
- 第3問: この物語の舞台となった、鼓師・宮地源右衛門の屋敷があったとされる京都の場所(通り名の交差)はどこか?
- 第4問: 劇中で、不義を犯した妻とその相手を夫が討つことを、当時の言葉で何と呼ぶか?
- 第5問: 物語の主人公である宮地源右衛門は、どのような職能を持つ人物(職業)として描かれているか?
☆回答は記事の最後にあります。
京都検定の備忘録として、また京都の奥深い物語を知るガイドとしてご活用ください。
近松門左衛門が描く、京都を舞台にした不義の悲劇
江戸時代の劇作家、近松門左衛門。彼が手がけた人形浄瑠璃の中でも、京都を舞台にした傑作として名高いのが**『堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)』**です。
宝永4年(1707年)に大坂の竹本座で初演されたこの作品は、実際に京都で起こった「女敵討(めがたきうち)」の事件を題材にしています。当時は不義密通が死罪とされていた時代。逃れられない運命に翻弄される男女の姿が、近松特有の鋭い心理描写で描かれています。
物語の舞台:堀川下立売の「鼓師の屋敷」
物語の主人公は、御用を預かる鼓師(つづみのし)、宮地源右衛門。 彼の屋敷があったとされるのが、京都の**堀川下立売(ほりかわしもだちうり)**です。
当時の堀川周辺は、現在のような整備された川べりとは異なり、多くの職人や武家が軒を連ねる活気あるエリアでした。夫である源右衛門が江戸へ参勤交代に出ている留守中、妻のお種がふとした過ちから不義を犯してしまう……。平穏なはずの屋敷に、運命の歯車が狂う音が静かに響き始めます。
「女敵討」というドラマのリアリティ
この作品のテーマである「女敵討」とは、不倫をした妻とその相手を、夫が自らの手で討つことを指します。
- 初演: 1707年(宝永4年)
- 場所: 竹本座(大坂)
- 背景: 京都で実際に起きたスキャンダルを即座に劇化
近松は、単なる勧善懲悪ではなく、加害者となってしまった妻の苦悩や、武士の面目と愛情の間で揺れ動く夫の葛藤をリアルに描き出しました。
現代の京都に残る『堀川波鼓』の面影
現在、堀川下立売付近を歩いても当時の屋敷が残っているわけではありません。しかし、堀川の流れや、今も残る京町家の佇まいの中に、かつて近松が描いた「情念の世界」を想像することができます。
京都検定の知識として「近松・堀川・鼓師」というキーワードを覚えるだけでなく、その場所が持つ**「物語の重み」**を感じることで、京都の街はより一層、魅力的に見えてくるはずです。
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- 第1問の答え: 近松門左衛門
- 第2問の答え: 1707年(宝永4年)
- 第3問の答え: 堀川下立売(ほりかわしもだちうり)
- 第4問の答え: 女敵討(めがたきうち)
- 第5問の答え: 鼓師(つづみのし)


