記憶がすれ違う夜に――母の電話と、父の今#839 介護振り返りnote035
2023年11月。この月は、母から何度もかかってきた電話が、特に印象に残っています。
夜になると母から、「お父さん、だいぶ弱ってきてるんや。まだしばらく大丈夫やと思うけど、万が一のことがあったら心づもりしておいて」といった内容の電話が何度もありました。ひどいときには、わずか数十分後にまた同じ話で電話がかかってくることも。

母はこの頃、短期記憶がうまく働かなくなっていて、「忘れてしまう」というより、最初から「記憶できていない」と感じる場面が増えてきました。
でも困ったのは、その内容でした。
確かに父の体調は心配な時期でしたが、母の電話を受けてすぐ、あるいは翌日に父に電話すると、「おぉ、元気やで」といつも通りの声で答えてくれるのです。母が心配してたと伝えると、「昨日は別に何ともなかったよ」「あいつ、たいそうやなぁ」と軽く笑っていました。
このやり取りを何度か繰り返すうちに、僕は気づきました。母が電話してくるとき、話している内容は「今この瞬間」の出来事ではなく、「過去の記憶」に基づいているのではないかと。
つまり、母の中では、父が倒れたり、弱って見えたりしたときの印象が強く残っていて、それがあたかも「今起こっていること」として表に出てきてしまうのです。
その経験から、僕の中でひとつの判断ができるようになりました。母からの電話内容は、必ずしも「今」の真実ではないということです。
そして、母とのコミュニケーションの方法にも変化が生まれました。
- 母は、こちらからの情報を正しく聞き取ったり理解したりするのが難しくなってきたので、連絡は父に直接するようにしました。
- 母に電話をかけることは控え、受診のときに直接会って話すことにしました。
こうした対応に切り替えたことで、また一歩、母の認知症の進行に向き合う段階を進んだ気がしています。
母は、対面での会話はまだ問題なくできました(この頃には、父との会話を嫌がるようになっていましたが、僕との会話は自然でした)。その場その場の判断力や意思はしっかりしていたので、「電話」という遠隔コミュニケーションだけが難しくなったという感じです。
そうして母は、頭の中で「父はもうかなり弱っている」と思い続けたまま、季節はまた冬へと向かっていきました。

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