第148回 遠距離介護という選択。僕が京都と東京の「ほどよい距離感」で母を支える理由#1209
40代で始まった両親の介護。東京と京都という遠距離での対応は一見大変そうに思えますが、実は「心の健康」を保つための最適な形でした。認知症が進む母との向き合い方、そしてプロに任せることで維持できる「オンとオフ」の切り替えについて、僕のこれまでの歩みを振り返ります。
遠距離介護が始まって7年。僕たちの歩んできた道のり
40代を迎えてから始まった両親の介護対応も、気づけば7年目という節目を迎えました。実家で暮らしていた2020年から2023年ごろまでの最晩年の日々、そしてサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に住まいを移した2024年から現在まで、時間は静かに、しかし確実に流れてきました。
その間、父を見送るという大きな出来事もありました。現在は、母に一日でも長く、穏やかに元気でいてほしいと願いながら、日々のサポートを続けています。
僕の介護スタイルはいわゆる**「遠距離介護」**です。自分の生活拠点を両親の元へ移すわけでもなく、また両親を近くに呼び寄せるわけでもありません。普段は東京で暮らし、必要に応じて京都へ通う。この形が、僕たち親子にとっての最適解でした。
「たまに来てくれる息子」というほどよい距離感
この遠距離介護という形が成立しているのは、僕自身の性格や、関西でうまく「出張対応」ができる仕事の基盤を作れていることも影響していると思います。しかし何より、この**「ほどよい距離感」**が、お互いの精神的な安定に大きく寄与してきました。
認知症の症状が少しずつ進んでいる母ですが、彼女の中で僕は一貫して「東京に住んでいて、たまに来てくれる息子」という存在です。その認識があるからこそ、母は僕に対して過剰に依存したり、何かを強く求めたりすることはありません。「お母さんは大丈夫だから、あんたは仕事を頑張りなさい」というスタンスでいてくれるのです。
京都に滞在している期間は、ほぼ毎日母の元を訪れます。日用品を届けたり、顔を見に行ったり。近くにいるとどうしても気になってしまうので、時間があれば近くのカフェまで一緒に散歩に出かけ、コーヒーを飲むひとときを大切にしています。もし僕がずっとそばに住んでいたら、母も「息子が来るからしっかりしなきゃ」と無理に頑張りすぎてしまい、お互いに疲弊していたかもしれません。
気付かされる細かな変化と、東京でリセットする心
面会に行けば、やはり細かなことが気にかかります。 「歯磨き粉の残量は足りているだろうか」 「売店で買った生ものは、賞味期限内に食べられるだろうか」 「靴下のゴムが伸びてしまっていないか」
一度気になり出すと、そればかりを考えてしまうのが僕の性分です。だからこそ、物理的に距離がある東京への移動が、僕のメンタルをリセットする貴重な時間になっています。
母が一人暮らしをしているのではなく、サ高住という環境で看護師さんやヘルパーさんが見守ってくれていることも大きな安心材料です。「プロの皆さんに任せて大丈夫。本当に必要なことがあれば連絡が来る」と、新幹線の中でマインドをセットし直す。そうすることで、自分の生活と介護のバランスを保つことができています。
これからの日々に向けて思うこと
こうして介護のオンとオフを繰り返しながら、月日が積み重なってきました。
これから先、母の状態がどのように変化していくかは誰にもわかりません。しかし、今のこのスタンスを大切にしながら、無理のない範囲で母の笑顔を見守り続けていきたい。物理的な距離があるからこそ、会えた時の時間をより愛おしく感じられる。この「遠距離」という形こそが、僕たちの絆を支えてくれているのだと思いました。そして、これまで続けてきたこの形が、結果的に僕にとっても母にとっても最善の選択だったのでした。
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