第141回【家族の形】義父の逝去と二世帯リフォームの決断。東京で始まった新たな暮らしの物語#1202
2025年夏、お世話になった義父が76歳で旅立ちました。悲しみに暮れる間もなく始まった相続や片付け。そんな中、一人になった義母から提案されたのは「二世帯での同居」でした。京都から上京した僕を温かく迎えてくれた東京の父母への恩返しと、家族の絆を再構築するためのリフォーム大作戦が幕を開けます。
急逝した義父と、残された家族の奮闘
2025年の夏、まだ僕の実父も懸命に生きていた頃のことです。東京の義理の父が、76歳でこの世を去りました。
癌が見つかった春にはすでに手の施しようがない状態で、まさに光陰矢のごとし。仕事一筋で自ら工場を切り盛りしてきた義父との別れは、あまりにも突然のことでした。長年そばで義父を支え続けてきた義母の悲しみは計り知れませんが、彼女は立ち止まることなく、相続手続きや遺品の整理に没頭することで、その喪失感を埋めようとしているようにも見えました。
経験を活かしたサポートと、東京の父母への恩返し
僕自身、4年前に叔母が他界した際、初期の認知症を患っていた実母に代わって不動産や銀行の複雑な相続手続きを担った経験がありました。その時の教訓を活かし、専門家を紹介するなど、義母の負担を少しでも減らせるよう微力ながらサポートを続けました。
京都で生まれ育った僕にとって、東京の父母は特別な存在です。20代後半で単身、縁もゆかりもない東京へやってきた若造を、実の息子のように温かく迎え入れてくれたのが義父と義母でした。
特に、京都の両親に介護が必要となり、帰省しても母の手料理を食べられなくなってからは、義母が作ってくれる温かいごはんが、何よりも僕の心に深く染み渡るようになっていたのです。
義母からの提案:一つ屋根の下で暮らす選択
秋も深まった頃、妻を通じて義母からある相談を受けました。 「みんなで一緒に暮らさない?」

僕たち家族と義母の家は、同じ東京都区内の近所に位置しています。もともと「子育てのサポートがしやすいように」と近くに住んでいたのですが、義父が亡くなり一人になった義母の家には、かつての作業場というスペースがありました。そこをリフォームして、義母と僕たち夫婦、そして二人の子供たちの5人で暮らそうという提案でした。
実を言えば、義父の葬儀の前後、僕は妻に「しばらく子供たちを連れてお義母さんのところに住み込んであげたら?」と話していました。一人になる義母を心配してのことでしたが、義母の方は、娘の夫である僕にまで気を遣わせることを承知の上で、家族全員を丸ごと受け入れようとしてくれたのでした。
リフォーム大作戦の幕開け
こうして、僕たちの新しい生活に向けた「リフォーム大作戦」が動き出しました。
義父が守ってきた場所に、新しい息吹を吹き込み、家族が支え合って生きていくための拠点を作る。それは、これまで受けた大きなご恩を、これからの日々の中で少しずつ返していくための大切なステップになるはずです。
ここから約半年間にわたる、長くも希望に満ちた挑戦が始まるのだと、僕は武者震いするような思いで決意を固めたのでした。

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