🏯古都に息づくモダン: 京都の近代建築を彩った設計者たち#1083
古都のイメージが強い京都ですが、明治以降、西洋の建築様式を取り入れ、独自の美しい近代建築群を築き上げてきました。この記事では、同志社大学アーモスト館や東華菜館、京都会館といった名建築を設計した、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ、前川國男、辰野金吾ら、京都のモダンな景観を彩った5人の設計者と、彼らが残した代表作を紹介します。
- アメリカ出身のキリスト教宣教師であり、設計家として京都に同志社大学アーモスト館や東華菜館などを残し、日本名を一柳米来留といった人物の名前をカタカナで答えなさい。
- 京都帝国大学建築学科の教授を務め、京大本館や京都市役所の設計に携わった、広島県出身の建築家の名前を答えなさい。
- 東京帝国大学を卒業後、渡仏しル・コルビュジエに師事した、日本のモダニズム建築の旗手であり、京都では京都会館(現:ロームシアター京都)を設計した人物の名前を答えなさい。
- 明治12年に工部大学校造家学科の第1回卒業生となり、宮廷建築家として赤坂離宮や京都の**国立博物館(本館)**などを設計した人物の名前を答えなさい。
- 日本銀行本店や東京駅といった赤レンガの建築で知られ、京都では京都府京都文化博物館別館(弟子と共同)の設計に携わった人物の名前を答えなさい。
☆回答は記事の最後にあります。
🖋️ウィリアム・メレル・ヴォーリズ:近江から京都へ、キリスト教とデザインの融合
アメリカ出身のキリスト教宣教師であり、同時に建築家でもあった人物です(1880~1964)。
24歳で来日し、滋賀県の近江八幡を中心に、伝道活動だけでなく、出版、医療、建築設計、施工、図書館設立・運営など、多岐にわたる活動を行いました。日本名は**一柳 米来留(ひとつやなぎ めれる)**です。
親しみやすく、洗練された西洋風のスタイルは、彼の信仰と相まって多くの人々に受け入れられました。
📌京都での代表作
- 同志社大学アーモスト館
- 大丸ヴィラ
- 地塩寮(京大キリスト教青年会宿舎)
- 東華菜館
🏗️前川國男:ル・コルビュジエに学んだ日本のモダニズム建築の旗手
新潟県出身。東京帝国大学を卒業後、渡仏してル・コルビュジエに師事した、日本の近代建築を語る上で欠かせない巨匠です。
帰国後はアントニン・レーモンド建築事務所を経て、昭和10年(1935年)に独立しました。彼の建築は、コンクリート打ち放しなどのモダニズム建築の思想を日本に定着させる上で大きな役割を果たしました。
📌京都での代表作
- 京都会館(現:ロームシアター京都)
📌その他の主要作品
- 東京文化会館
- 埼玉県立博物館
🏛️辰野金吾:赤レンガの魔術師、近代日本の国家建築を担う
佐賀県出身。東京帝大工科大学学長や建築学会会長を歴任した、明治・大正期の日本建築界の重鎮です。
ロンドン留学で培った様式建築の技術は、日本銀行本店や東京駅といった国家的な重要建築に結実し、特に赤レンガと白い石材を組み合わせる「辰野式」と呼ばれる様式で知られています。
📌京都での代表作
- 京都府京都文化博物館別館(弟子である長野宇平治氏と共同)
📌その他の主要作品
- 日本銀行本店
- 東京駅
🏫武田五一:京都の近代化を支えた教育者・設計者
広島県出身。東京帝大工科大学助教授やヨーロッパ留学を経て、京都帝国大学建築学科の教授を務め、多くの後進を育成しました。
京都の地で、教育者としての側面を持ちながら、地域の主要な公共建築やインフラストラクチャーの設計に貢献し、古都の近代化に大きく寄与しました。
📌京都での代表作
- 京大本館
- 関西電力京都支店
- 京都市役所
👑片山東熊(かたやま とうくま):宮廷建築家としての栄華
山口県出身。明治12年(1879年)に工部大学校造家学科の第1回卒業生という輝かしい経歴を持ちます。
有栖川宮廷の建築掛りから宮内省へ転じ、宮廷建築家として活躍しました。彼は当時の最高水準の洋風建築、特にネオ・バロック様式の集大成ともいえる作品を多く残しました。
📌京都での代表作
- 京都国立博物館(本館)
📌その他の主要作品
- 赤坂離宮
- 九条山浄水場ポンプ室
これらの建築を巡ると、古都・京都が明治以降どのように西洋の建築文化を取り入れ、独自の景観を築き上げてきたのかを感じられます。
あわせて読みたい記事
おすすめの書籍
今回のブログ記事前後の関連記事
- ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
- 武田五一
- 前川國男
- 片山東熊(かたやま とうくま)
- 辰野金吾