#055 22年前の、20世紀末を生きる自分にメッセージを送る
m3-f bloブログです。
今回は少し私的な内容ですが、過去は変えられないけど、過去の積み重ねで今がある、やってきたことや取り組んできたことを少し振り返りながら、親にも、仲間にも、あの頃の自分自身にも感謝して、というメッセージも込めて、記録として残しておきます。
・今、学生でこれから、将来に迷ったり悩んでいる方
・社会人の方で、生き方、ライフスタイルを変えたいと模索している方
・滋賀県や彦根市で学生生活を過ごしたことがある方
思い出に残る滋賀県彦根市での学生時代3年間
先日仕事の関西出張で、滋賀県を通ったので。
彦根市です。
1998~2000年の3年間、学生時代の下宿で、一人暮らししました。
大学2年生からの3年で、初めて親元を離れての生活。
いろんなことはあったけど、結果的に、琵琶湖のほとりのこのまちは、第2の故郷で、すべて終わって将来落ち着いて暮らすなら、という意味では「もう一度住みたい」と思っているまちです。
近くを車や新幹線で通るたびに、「学生時代を生きてるあの頃の自分は、このまちにまだいるんじゃないか、今も頑張って生活してるんじゃないか」といつも思ってしまうのです 笑
あの頃の自分に向けた22年後からのメッセージ
未来の自分に向けたメッセージや手紙って良くある話ですが、意外と、昔の自分に向けてはそうないかもしれないですね。
22年前、一生懸命に20世紀末の社会で学生生活を送っている自分に、激励と感謝の気持ちを込めて。
今日は大学へ行くのかな。バイトへ行くのかな。
22年後の社会からこのメッセージを書いています。
こちらは、10年前くらいに良い人と巡り合えて結婚出来て、今じゃ小学生と保育園の子供二人もできて、毎日ワイワイした生活を東京で送っています。
東京でって思うかもしれないけど、関西の人間にとってはどこか憧れでしょう?
東京で仕事するって、自分が通用するのかなっていう心配もあったけど、失敗したらしたで関西にもどればいいや、って思って15年くらい前にこっちに来て、そのまま居座ってる 笑
たぶんなんとなく気づいてると思うが、人と比べてそんなに秀でたところなんかなかった自分だが、
・根気強く愚直にやり続けること
・時間を上手く使うこと
については、人と違って優れている、と今のところは思っていて、それを強みに社会で生きていけてるような気がする。
お父さんもお母さんも、22年後も、かなり高齢になって弱ってしまったけど、京都で元気にしているよ。
いらいらすることやいろいろ言われたりするかもしれないけれど、最後まで自分の味方でいてくれるから、大切にしてあげて。
そういえば未来では、2020年、21年って、世界で「新型コロナウィルス」って感染症が流行って、ずいぶん便利になった暮らしも少し変わって「しまった」。
「しまった」、、っていうほど悲観はしていなくて、確かに感染症には気をつけないといけないが、暮らしは無駄なものがそぎ落とされてすごくシンプルに向かっていて、いい感じじゃないかな、と思ってる。(そんなことを言ってる人は多数じゃないが、そう秘かに思ってる人はけっこういるんじゃないかな)
社会の変化に少し便乗して、続けてきた仕事も少し小休止させて、おかげで京都の両親と向き合う時間も、今まで以上にとるようにしてきた。
そういう意味では、コロナウィルスに少し感謝です 笑
未来に向かって楽しいことや不安なことや、寂しいこと、つらいこともたくさんあると思うけど、ちゃんと将来こうして生きているから、安心して毎日頑張って暮らしてほしい。
彦根のまちは、自分で生きた時代!っていう意味では、今でも一番思い出に残る暮らしだった。
いつかまた、その空のきれいな彦根のまちに住みたいなとも思ってる。
ではまた、近くを通ったら様子見に来るね。
がんばってね。未来から応援してるぞ。
↑平成12年の刻印があります。一人暮らしの部屋の窓から眺めた西の空。22年前だと車を買う前後かな、たぶんこの自転車で大学やバイト先に通っていたころ。
過去を、今までしてきたことを大切にしよう
その才がもともとあったのかはわからないですが、小学校の頃に教室に通って続けた図画・図工は今でもやっていますし、そのころ教えられた「継続は力なり」という言葉は今でも座右の銘にしています。
仕事も、何回か職を変えたものの、大学時代に勉強したこと→1社目で取り組んだこと→2社目で取り組んだこと→、、、と、内容ややってきたことを引き継ぎながら仕事を続けてきました。
過去は変えられないので、やってきたことの積み重ねで今の自分がある。
一つ一つの思い出を大切にしながら、これからも生きていきたいなと思います