第129回 父の葬儀で伝えた「最後の手紙」と感謝の言葉。25年間の絆に包まれた家族葬 #1190
2025年12月、父の葬儀を執り行いました。定年後25年間尽くしたお寺様への感謝、そして棺に納めるはずだった父への手紙を読み上げた、最期のお別れの記録です。
父の25年の献身が繋いだ、二人の和尚様による読経
2025年12月10日。この日は、父の葬儀・告別式でした。 父は定年退職後、約25年という長い年月にわたり、実家の隣にある菩提寺でお手伝いをしてきました。そのご縁もあり、当日はかねてより懇意にしていた住職と、その息子さんである若和尚のお二人にお経をあげていただけることになったのです。
厳かな読経が響く中、きっと父は空の上で、その様子を眺めながら大感激しているに違いない。僕はそう確信していました。
予定外の挨拶——マイクを握らせた感謝の念
通夜も葬儀も、身内だけで静かに見送る「家族葬」でした。 当初、喪主を務めた僕も、特別な挨拶をする予定はありませんでした。しかし、お忙しい中ご足労いただいたお寺の皆様、そして東京から駆けつけてくれた妻や子供たち、義母、義弟の顔を見ているうちに、どうしても言葉にしたくなったのです。
「せめて、ひと言だけでも御礼を伝えたい」
その一心で、僕はマイクを握りました。そして、前日に「棺に入れよう」と思って書き溜めていた、父への手紙を読み上げることにしたのです。
「お父さんへの手紙」に込めた、愛憎と感謝の記憶
以下は、僕が父に宛てて書いた手紙の抜粋です。
お父さんへ
宝が池や太陽が丘へ行ったこと。一緒に遊んだファミコン。 絵画コンクールでのグランプリや、大学合格を誰よりも喜んでくれたこと。 振り返れば、嬉しい思い出がたくさんあります。
その反面、お父さんは酒癖が悪く、独占欲が強く、指図されるのを嫌うわがままな人でもありました。正直、反面教師にしたこともたくさんあったよ。
でも、最晩年の丹波口への行き来の中で、僕への感謝を口にし、孫の成長を気にかけ、「お母さんをよろしく頼む」と何度も繰り返していた姿は、僕にとって良き思い出です。
お母さんには、これから気分をすっきりさせて、まだまだ頑張って生きてもらえるよう、僕がしっかりサポートしていきます。
おばあちゃんが35年前に忘れていった「へその緒」を一緒に入れておくから、向こうで再会したら渡してあげてね。
そいじゃ、また今度。

最後のお別れ、火葬場へと向かう道
父が亡くなった瞬間から、移送、通夜、葬儀。その最中、僕は特に感極まることはありませんでした。しかし、いざ手紙を読み上げ、父のために集まってくれた方々の温かさを肌で感じると、こらえていたものが一気に込み上げてきました。
認知症が進み、耳も遠くなっていた母でしたが、式の最中はしっかりと前を向き、葬儀の作法を一つひとつこなしていました。その姿を見て、どこか安堵する自分もいました。
住職は葬儀・告別式まで見届けてくださり、火葬場へは若和尚が同行してくださることになりました。
こうして、父との本当の最後のお別れの場に向かうことになったのです。 父の歩んだ25年の軌跡と、家族の絆。それらが重なり合った、とても温かな時間だったと思いました。父らしい、賑やかで少し不器用な幕引きだったのでした。

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