第128回 父の通夜と認知症の母を支えた慌ただしくも温かい2日間|京都での看取りの記録#1189
2025年12月、父の通夜・告別式のために東京から家族が京都に集まりました。導師を務めてくださったのは、兄貴分のような若和尚。認知症が進む母のケアと、葬儀の運営、そして家族の移動を一手に引き受けた、慌ただしくも忘れられない初日の様子を振り返ります。

家族が京都に集結:慌ただしい2日間の始まり
12月9日の昼過ぎ、東京から僕の妻と2人の子供、そして義母と義弟が京都へ駆けつけてくれました。夕方から執り行われる父の通夜に参列するためです。
ここから、僕にとって人生で最も慌ただしい2日間が幕を開けました。喪主としての務め、家族のケア、そして移動の足となるドライバー役。すべてを円滑に進めるための「オペレーション」が始まりました。
認知症の母との向き合い:短期記憶との闘い
今回の葬儀で一番気を配るべき存在は、僕の母でした。母は認知症の初期症状が進んでおり、会話は成立するものの短期記憶がほとんど残りません。
父が亡くなった当日も、施設からのお見送りをした数分後には「えっ、お父さん亡くなった?いつの間に?うそや〜」と驚いてしまうような状態でした。父の死を、何度も初めて聞いたかのように受け止める母の姿に、胸が締め付けられる思いを抱えながら、僕は準備を進めました。
分刻みのスケジュール:京都を駆け巡るドライバー
移動手段は車ですが、京都の道に慣れ、葬儀場・火葬場・母の施設を把握して運転できるのは僕一人です。
- 14:00 京都駅で家族をピックアップ。ホテルへのチェックインを済ませる。
- 15:00過ぎ 葬儀場へ移動し、父と対面。
- 16:30 母の住むサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)へ。喪服への着替えをサポート。
- 17:00 全員で葬儀場に到着。
車中、母は何度も「なんで亡くなった?」「誰も教えてくれなかった」と繰り返します。その都度、父の最期の様子を優しく語りかけ、納得してもらう。その繰り返しでした。
兄貴分のような若和尚と迎えた通夜
18時、菩提寺から若和尚が来てくださいました。僕が47歳、若和尚は50歳。昔から僕にとっては「兄貴的」な存在です。
若和尚が大学を卒業してお寺に入った頃、父はお寺の役員としてバリバリ活動していました。若和尚にとっても、僕の父は多くのことを教えてくれた師のような存在だったはずです。そんな縁の深い方に導師を務めていただき、通夜は滞りなく執り行われました。
家族での会食と、翌日に向けた備え
通夜の後は、施設での夕食をキャンセルし、久しぶりに親族一同で食卓を囲みました。母は耳こそ遠くなりましたが、足腰は丈夫で食欲も旺盛です。みんなと同じ量をしっかり食べる母の姿を見て、少しだけ安堵しました。
夕食後、母を施設へ送り届けました。ここで重要だったのが「明日の準備」です。母が夜中に一人で着替え、喪服の場所が分からなくなると困ります。そのため、その場でパジャマに着替えさせ、喪服は僕が一旦預かって翌朝また持っていくことにしました。
こうして、激動の初日がようやく終わりました。父との別れを受け入れきれない母を支えながら、明日の告別式も精一杯努めよう、そう強く心に誓ったのでした。

あわせて読みたい記事
おすすめの書籍

今回のブログ記事前後の関連記事


