【幕末・京の散策】新選組・近藤勇と長州・桂小五郎。宿命の二人が駆け抜けた京の跡を辿る#1118
京都の街角に静かに佇む銅像や石碑。そこには、激動の幕末を駆け抜けた男たちの熱いドラマが刻まれています。今回は、宿敵とも言える「新選組・近藤勇」と「長州・桂小五郎」の二人にスポットを当て、彼らが守ろうとしたもの、そして今も京に残る彼らの足跡を辿ります。
- 文久3年(1863)に将軍警護のために上洛したものの、尊皇攘夷を唱え始めた清河八郎らと袂を分かち、京都に残留して新選組を組織した局長は誰か。
- 現在の京都ホテルオークラの敷地には、幕末当時、何という藩の屋敷があったか。
- 元治元年(1864)、長州藩の軍勢が伏見・嵯峨・山崎の三方から攻め寄せ、内裏付近で守備軍と衝突した合戦を何というか。
- 桂小五郎(木戸孝允)の師であり、安政の大獄で処刑された思想家は誰か。
- 安政の大獄を指揮した老中・間部詮勝が宿舎とし、現在は左京区岩倉に移転している寺町二条にあった寺院はどこか。
☆回答は記事の最後にあります。
歴史ファンならずとも訪れたくなる、河原町・御池周辺の深掘りガイドです。
はじめに:京都の街角に眠る幕末の熱狂
千年の都、京都。穏やかな時間が流れる今の街並みの中にも、かつてこの国の未来を切り拓こうとした男たちの熱い鼓動が刻まれています。
今回は、幕府を守るために剣を振るった新選組局長・近藤勇と、新しい時代を夢見た長州の志士・桂小五郎。対照的な二人にゆかりのある京都のスポットをご紹介します。
1. 新選組を創り上げた「誠」の男:近藤勇
幕末の京都を語る上で欠かせないのが「新選組」です。その中心人物である近藤勇は、激動の時代にどのようにして京都での足跡を残したのでしょうか。
浪士組としての來京と、決意の残留
文久3年(1863)、将軍・徳川家茂の警護のために結成された「浪士組」の一員として、近藤は江戸から上洛しました。しかし、京都に到着すると、リーダーの清河八郎が一転して「尊皇攘夷(天皇を尊び、外国を退ける)」を唱え、江戸へ戻ることを主張します。
これに反対し、**「あくまで幕府のために尽くす」**と決意して京都に残留したのが、近藤勇や土方歳三らでした。
新選組の誕生と局長への就任
京都に残った近藤らは、会津藩の預かりとなり、やがて伝説の剣客集団**「新選組」**を組織します。局長となった近藤は、壬生の地を拠点に、京の治安維持と過激派志士たちの取り締まりにその身を投じていくことになります。
2. 時代の荒波を泳ぎ抜いた知将:桂小五郎(木戸孝允)
近藤勇ら新選組にとって最大の宿敵ともいえる存在が、長州藩の**桂小五郎(のちの木戸孝允)**です。
長州藩邸の跡地に立つ銅像
現在、河原町御池に位置する「京都ホテルオークラ」。この優雅なホテルの西側には、凛々しい桂小五郎の銅像が立っています。実はこの場所こそ、かつての長州藩邸跡地なのです。
当時のこのエリアは、南に加賀藩、さらにその南に対馬藩の屋敷があり、北には高瀬川運河を切り拓いた角倉了以の屋敷があるという、まさに政治の中枢ともいえる場所でした。

「禁門の変」と燃える京都
元治元年(1864)、長州藩は失った政治的地位を取り戻すため、伏見・嵯峨・山崎の三方から内裏(皇居)を目指して進軍します。これが**「禁門の変(蛤御門の変)」**です。
しかし、長州軍は守備軍に敗北。敗走の際、長州藩の京都留守居役・乃美織江(のみおりえ)は藩邸に火を放って焼き払い、自身は西本願寺へと身を隠しました。この火災は京の街を焼き尽くす大火(どんどん焼け)へとつながります。
3. 師・吉田松陰への想いと、宿敵を見つめる眼差し
桂小五郎を突き動かしていたのは、師である吉田松陰の教えでした。松陰は「安政の大獄」によって命を落としましたが、その遺志は桂へと引き継がれます。
妙満寺跡地を睨む銅像の謎
かつて寺町二条には日蓮宗の妙満寺(現在は岩倉に移転)がありました。幕末、江戸からやってきた老中・間部詮勝(まなべあきかつ)はこの妙満寺を宿舎とし、安政の大獄の指揮を執ったといわれています。
現在、ホテルオークラの脇に立つ桂小五郎の像は、かつて宿敵・間部がいた妙満寺の跡地をじっと見据えるように建てられています。維新を成し遂げた男の執念と誇りが、その視線には込められているのかもしれません。
おわりに:歴史のレイヤーを歩く楽しさ
今ではショッピングや観光で賑わう河原町や御池通り。しかし、ふと足を止めて銅像や石碑を眺めてみると、そこには命を懸けて理想を追い求めた男たちのドラマが重なって見えてきます。
次の京都散策では、新選組と長州、それぞれの想いに馳せながら歩いてみてはいかがでしょうか。

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