🏯【京都検定必勝】空海が拓いた真言密教の総本山!東寺(教王護国寺)とその塔頭・観智院を徹底解説#997
この記事は、京都検定の受験を目指すあなたへ、**東寺(教王護国寺)とその重要な塔頭である観智院(かんちいん)**に関する必須知識を整理した備忘録です。
公式な歴史から、見どころとなる国宝、知っておきたい豆知識までを分かりやすくまとめました。
この記事内容から抜粋した練習問題5問☆
- 東寺の正式名称は何ですか。
- 東寺は、桓武天皇が平安京遷都に際して、羅城門の西側に建てた西寺と対をなす形で、門の東西どちら側に建てられましたか。
- 空海に東寺が勅賜されたのは、西暦823年の和暦(元号)は何年ですか。
- 東寺に安置されている「兜跋毘沙門天像」は、かつては王城の守護神としてどこに置かれていた像ですか。
- 東寺の塔頭である観智院の客殿に障壁画「鷲の図」「竹林図」を描いたとされる人物は誰ですか。
☆回答は記事の最後にあります。
目次
🧐 東寺(教王護国寺)の基礎知識
東寺は、数ある京都の寺院の中でも別格の地位を持つ、真言密教の総本山です。
✅ 正式名称と宗派
- 正式名称: 教王護国寺(きょうおうごこくじ)
- 宗派: 東寺真言宗の総本山
- 本尊: 薬師如来(やくしにょらい)
✅ 創建と歴史的背景
- 創建: 桓武天皇が平安京遷都(794年)に際し、王城鎮護のための官寺(かんじ)として、羅城門の東側に西寺と共に建立を命じた。
- 大規模な造営のため工事は遅れたものの、官の寺として別格の扱いを受けた。
- 空海への勅賜: 一応の完成を見た後、**弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)**に勅賜(ちょくし、天皇の命令により賜ること)されました。
- 空海は東寺を真言密教の道場とし、伽藍を壮大に整え、講堂の築造や五重塔の造営に着手しました。
🖼️ 東寺の見どころ:必見の国宝仏像と伽藍
東寺には、空海が定めた密教の教えを伝える数多くの国宝が存在します。
✅ 講堂に安置される国宝仏像
講堂には、立体曼荼羅を構成する仏像が安置されています。以下の三体はいずれも国宝です。
- 梵天坐像(ぼんてんざぞう)
- 帝釈天半跏像(たいしゃくてんはんかぞう)
- 不動明王坐像(ふどうみょうおうざぞう)
✅ 兜跋毘沙門天像(とばつびしゃもんてんぞう)
- 由来: そもそもは**羅城門(らじょうもん)**の本尊として、王城の守護神として羅城門の楼上に安置されていました。
- 羅城門が倒壊した後、近くの東寺に移されました。
- 「兜跋(とばつ)」の意味: 唐の時代、チベットを意味する「兜跋」が冠に付いた姿で、唐で製作されて日本に伝来したものです。
- 豆知識: 唐の皇帝・玄宗が、チベットの侵攻を受けた際に、僧の不空三蔵(ふくうさんぞう)に命じて祈らせたところ、毘沙門天が現れて安西(あんせい)を救ったという故事から、この姿が生まれました。
- 指定:国宝指定

✅ 国宝・五重塔
- 特徴: 三間五重の塔婆(とうば)で、屋根は本瓦葺き。現存する日本の塔の中では最も高い。
- 総高: 約55m
- 造営の開始: 天長3年(826年)に空海が東山で巨木を発見し、伐採して建築に取り掛かりました。
- 進捗: 元慶7年(883年)には山城国などから塔建設のための稲穀が納入され、工事が捗りました。
🏛️ 東寺の塔頭:観智院(かんちいん)
観智院は、東寺の学問所としての役割を担ってきた重要な塔頭です。
✅ 観智院の役割と創建
- 役割: **勧学院(かんがくいん)**の役割を果たし、歴代の学僧が住持(じゅうじ)となりました。
- 住持の兼職: 観智院の住持は、東寺の別当職(べっとうしょく、寺務を統括する役職)を兼ねるのが慣例でした。
- 創建:杲宝(ごうほう)僧正が**延文4年(1359年)**に造営しました。
✅ 客殿と宮本武蔵の障壁画
- 客殿(きゃくでん):後期書院造りの様式で、近世の初期住宅建築の代表例とされています。
- 障壁画:宮本武蔵が描いたとされる「鷲の図」や「竹林図」があります。
📝 まとめ
東寺は、平安京の鎮護を託された官寺であり、空海によって真言密教の総本山として発展しました。国宝の五重塔や立体曼荼羅、そして羅城門ゆかりの兜跋毘沙門天像は必見です。また、塔頭の観智院も、その歴史的な役割と宮本武蔵の絵画によって、検定試験の重要ポイントとなります。
この情報が、あなたの京都検定合格の一助となれば幸いです!

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前述の練習問題の解答☆
- 教王護国寺(きょうおうごこくじ)
- 東側
- 弘仁14年(こうにんじゅうよねん)
- 羅城門(らじょうもん)
- 宮本武蔵(みやもとむさし)


