第138回 父の百か日法要と納骨|住職が語る思い出と京都の伝統「納骨袋」に触れて
2025年12月に旅立った父の百か日法要が営まれ、無事に納骨を終えました。代々お世話になっているお寺の住職が語る父の意外な素顔や、東京育ちの妻が驚いた京都独自の納骨習慣など、家族で父を偲んだ一日の記録を綴ります。
父の百か日法要と、祖父母が眠るお墓への納骨
2025年12月8日にこの世を去った父の百か日法要が、2026年3月16日に執り行われました。この節目の日に合わせ、父は家族が待つお墓へと納骨されることになりました。
納骨先は、平成2年に祖母が亡くなった際、実家のお隣にあるお寺で縁をいただいたお墓です。そこには、祖母の死後15年間を実直に生き抜き、2005年に96歳で大往生を遂げた祖父も眠っています。
僕の父も、僕自身と同じく一人っ子でした。そのため、この納骨をもって、久しぶりに親子三人が同じ場所で肩を並べて眠ることになったのです。
家族それぞれの想いと、母への配慮
今回の法要には、東京から妻も駆けつけてくれました。子供たちは学校の卒業式準備などの都合で今回は欠席となりましたが、次のお盆の法要には家族揃ってお参りする予定を立てています。
一方で、現在サ高住で生活している母については、今回はあえて呼びませんでした。前回の葬儀から初七日にかけての法要で、父との別れの記憶が強く呼び起こされ、結果として徘徊(離設)につながってしまったという反省があったからです。母の平穏な日常を守るための、苦渋の決断でもありました。
住職が語る、父の知られざる「お寺での日常」
法要の際、一回り年下の住職が、父との思い出を懐かしそうにたくさん話してくださいました。
- 御朱印を求める参詣者が多い時、父が手伝いに駆けつけていたこと
- 秋になると一生懸命に境内の落ち葉掃除をしていたこと
- 駐車場の集金業務をきっちりとこなし、帳簿をつけていたこと
- 午後にお酒が入ると、頼み事をしても少し機嫌が悪くなったこと
「今でもふらっと本堂の戸を開けて、『おっさん、来たで』と入ってきそうな気がするんです」と感慨深げに語る住職の言葉から、僕の知らない場所で父が地域やお寺のために尽力していた姿が浮かび上がりました。
京都の伝統「納骨袋」と文化の違い
納骨の際、東京生まれ・東京育ちの妻が驚いていたのが、京都(関西)特有の納骨スタイルです。
関東では骨壺のまま棚に納めるのが一般的ですが、京都では骨壺から**「さらしの納骨袋」**に遺骨を移し、カロート(納骨室)の土の上に直接置くのが伝統的な作法です。「お骨を土に還す」というこの習慣は、妻にとって新鮮なカルチャーショックだったようです。
結びに代えて
住職のお話や京都の風習に触れながら、父を無事に送り出すことができました。 祖父母のもとへ帰った父は、今頃あちらで大好きなお酒でも楽しんでいるのではないか、そんな風に思いました。 賑やかだった父の不在を改めて実感しつつも、温かな記憶に包まれた、大切な百か日なのでした。
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