第137回 父は母の中で生き続ける。認知症の母と向き合う「否定しない」寄り添い方#1198

2025年12月、父が旅立ちました。葬儀を終えてもなお、父の死を忘れてしまう認知症の母。何度も繰り返される「お父さんはいつ亡くなったの?」という問いに、僕はどう向き合うべきか悩んでいました。介護の現場で教わった「否定しない傾聴」が、僕たち家族に教えてくれた穏やかな時間の過ごし方について綴ります。

繰り返される問いかけと、止まったままの時間

2025年12月。父の通夜から葬儀、そして初七日の法要まで、母はすべてに参列しました。しかし、認知症の初期症状が進んでいる母にとって、短期記憶を留めておくことは容易ではありません。

法要の最中であっても、母はしきりに僕へ尋ねてきました。 「お父さんは、いつ亡くなったの?」 「自分で具合が悪くなって病院へ行ったのかしら」 「お医者さんは私に何も言ってくれなかったわ」

母の中にある父の姿は、横になって休んでいる時間が長くなってはいるけれど、まだ「生きている状態」で止まっているようでした。その都度、僕は「最期は一緒に見送ったよ」「先生からは僕が話を聞いていたんだよ」と、母を説得するように説明を繰り返していました。

葬儀での振る舞いと、日常に戻ったあとの違和感

不思議なことに、母はその瞬間瞬間のマナーはしっかりと守ることができます。法要の場でも周囲に違和感を与えるような振る舞いは一切なく、滞りなく儀式を終えることができました。

しかし、ひと通りの行事が済んだ後も、母の記憶が更新されることはありませんでした。何度も同じ説明を繰り返すことに限界を感じた僕は、母が暮らしているサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)のヘルパーさんに、どのように接するのが正解なのか相談してみることにしたのです。

ヘルパーさんに教わった「否定しない」という選択

ヘルパーさんの答えは、僕のこれまでの考えを大きく変えるものでした。

「私たちは基本的に、ご本人の世界を否定しません。お母さんの中で、お父さまが生きていらっしゃるのであれば、『そうですね』と話を合わせていきます」

しばらく顔を合わせていなくても、母にとっては「お父さんは寝ている」あるいは「別の場所にいる」だけであり、無理に現実を突きつける必要はないというのです。母の世界に合わせて会話をすることこそが「傾聴」であり、それが母にとっての安心材料となり、余計なストレスを減らすことにつながるのだと教わりました。

母の心にある「支え」を大切にするコミュニケーション

このアドバイスを聞いたとき、僕の心にはスッと迷いが消えていきました。父が亡くなったという悲しい現実を何度も突きつけるよりも、母の中で父が生きている状態を保つほうが、今の母にとっては大きな心の支えになるのだと確信したからです。

僕はすぐに妻にもこの方針を共有しました。母と接するときは、僕たちも「父は生きている」という前提でコミュニケーションをとる。それが、今の僕たちができる一番の親孝行なのかもしれません。

身体はなくても、魂は今も寄り添っている

そう考えると、人の身体と魂の関係というのは本当に不思議なものです。

父の最晩年、二人の会話といえば口げんかばかりでしたが、父が旅立ち、母の記憶の中で穏やかに生きている今のほうが、実はとても良好なコミュニケーションがとれているような気がしています。

目には見えなくても、父は今も母を見守っているし、母もそれを無意識に支えとして感じている。そうした穏やかな日々を、これからも大切に見守っていきたいと僕は思いました。父と母の新しい関係性は、これからも続いていくものなのでした。

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京都市出身、現在は東京都江東区に住まい、妻と一緒に小学生&保育園の二人の子育て中。両親の介護で京都との二拠点生活です。
「野菜作りを楽しむ」をコンセプトにした家庭菜園や農体験の運営を仕事として10年やってきました。今は独立して様々な情報発信などのお仕事と、不動産の管理などをしています。

Posted by ロスジェネ40代の、あれこれ記録帳