第132回 父の法要翌日に起きた母の「大脱走」|認知症と向き合う僕が救われた出来事#1193
父の葬儀と初七日法要を終え、安堵したのも束の間。東京に戻った僕のもとに届いたのは、認知症の母が施設を抜け出し、一人で実家まで帰ってしまったという驚きの知らせでした。12月の寒空の下、母はどうやって移動したのか? 絶体絶命のピンチに現れた「救世主」とは。介護の難しさと、人の温かさを痛感したある一日の回想録です。
無事に終わった法要と、母の笑顔
父の葬儀・告別式、そして引き続いての初七日法要まで、12月13日にひとまず滞りなく終えることができました。次は年が明けて1月の四十九日法要を待つばかり。
今回は家族葬という形をとりましたが、初七日法要には地域や地元の懐かしい方々も参列してくださいました。認知症の症状が進んでいる母も、久しぶりの再会に顔をほころばせ、穏やかな笑顔を見せていたのです。その様子を見て、僕は心の底からホッとしていました。
ところが、その翌日に事件は起こりました。
東京に届いた一通の電話、母の「脱走」
12月14日の夕方、前日までの慌ただしさを終えて東京の自宅に戻っていた僕のスマホが鳴りました。画面に表示されたのは、お寺の住職のお名前です。
「昨日まで、いろいろとありがとうございました」 僕がそう挨拶すると、住職から思いもよらない言葉が返ってきました。 「今、京都に来てるんか? お母さんが、さっきお寺に来られたんや」
一瞬、頭の中が真っ白になりました。母はサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)にいるはずです。そして僕は、今まさに東京にいるのです。
状況はすぐに察しがつきました。母は、施設の自動ドアが開いた隙に他の方に付いて外へ出てしまい、自力でタクシーを拾って、慣れ親しんだ実家や菩提寺のある場所まで移動してしまったのです。行き先を伝える記憶や、タクシー代を払う知恵はまだ残っていたのでしょう。
12月の寒空の下、母の行方を探して
しかし、大きな問題がありました。現在、僕たちの実家は民泊として運営しており、母は鍵を持っていません。実家に辿り着いたところで中には入れないのです。しかも、自分から施設へ帰る術はわかっていません。
12月14日の夕刻。冬の寒さが身に染みる時間帯です。 「和尚さん、すみませんが、まだ近くにいるかもしれないので少し探していただけませんか?」 住職にそう懇願し、すぐさまサ高住へ連絡を入れました。
スタッフが確認したところ、「確かに、靴を履いて出て行ってしまっています……」とのこと。巡回の隙間を突いた、母の「大脱走」でした。かつて入居当初にも、母が道に迷って交番に保護されたことがありましたが、今回は距離が違います。
見つかった母と、現れた「救世主」
施設近辺に母がいない以上、東京にいる僕にできることは限られています。焦りが募る中、再び住職から着信がありました。
「お母さん、ご実家の玄関先で見つけたよ。近所のスーパーで買い物までされていたようだ」
その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けました。まずは身柄が確保されたことに、心から安堵したのです。「しばらくお寺で預かっていただけませんか?」とお願いし、なんとか施設へ連れ戻す段取りを考え始めました。
僕がすぐに動けない距離にいるもどかしさ。そんな僕の前に、またしても「救世主」が現れることになるのでした。
結び:介護の厳しさと、つながりの大切さ
父を見送った直後に起きたこの騒動を通じて、認知症介護の予測不能な難しさを改めて痛感しました。一瞬の隙も見せられない緊張感がある一方で、母を見つけてくれた住職のように、地域のつながりに助けられているのだなと強く思いました。
一人ではどうしようもない限界を感じたとき、誰かが手を差し伸べてくれる。そんな人の温かさに救われた、忘れられない冬の一日なのでした。
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