第131回 【実録】父の初七日法要を京都の菩提寺で営んで。家族葬の後に訪れた「予想外の温かな縁」#1192
2025年12月、91歳で人生の幕を閉じた父。身内だけで静かに見送る「家族葬」を選んだ僕たちでしたが、初七日法要を京都の菩提寺で営む際、思いもよらない申し出をいただきました。地域との繋がりや、お寺での特別な時間の記録です。

父との別れと「家族葬」という選択
2025年12月8日、父が91歳で息を引き取りました。10日には葬儀・告別式を無事に終えることができました。
父は高齢ということもあり、親しい友人の多くはすでに他界していました。また、もともと地域活動に積極的ではなく、人とのコミュニケーションもそれほど好まない性格だった(はずだ)と僕は思っていました。そのため、通夜と葬儀は身内だけでしめやかに営む「家族葬」を選んだのです。
菩提寺の住職の提案で決まった「本来の初七日」
葬儀の際、代々お世話になっている京都の菩提寺の住職から、ある提案をいただきました。 「本来の形でお見送りしてあげたい。初七日はぜひお寺の本堂でやりましょう」
最近では葬儀当日に繰り上げて済ませることが多い初七日法要ですが、僕たちは住職のお言葉に甘え、12月13日にお寺の本堂で法要を執り行うことにしました。僕はその日まで京都に残り、東京からは妻が駆けつけ、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)で暮らす母も列席する予定でした。
予期せぬ参列の申し出と、父が築いた地域の縁
そんな中、思いもよらない連絡が入りました。父の訃報を知った僕の幼馴染のご両親と、介護の初期にお世話になった地域の民生委員の方が「お寺での初七日に参列し、手を合わせたい」と仰ってくださったのです。
特に幼馴染のお母さんは、母が施設へ移った際もわざわざ面会に来てくださるなど、家族ぐるみで温かな交流があった方でした。住職も快く承諾してくださり、異例ではありますが、町内の方々数名をお迎えする形で法要が行われることになりました。
家族葬だったからこそ見えた、本当の繋がり
一時は「これほど慕ってくれる方がいるのなら、もっと広く告知して葬儀を行うべきだったかな」という思いが頭をよぎりました。しかし、小規模な家族葬にしたからこそ、本当に父を想ってくださる方々が、あえて「初七日にでも」と足を運んでくださったのだと感じます。
法要当日、住職は「お世話になったお父さんのために、いつもより長めにお経を読んでおきましたよ!」と笑顔で言ってくださいました。母も、久しぶりのご近所さんとの再会や、懐かしい菩提寺の空気に触れ、穏やかな表情を見せていたのが印象的でした。
まとめ:地域と歩んだ父の軌跡に触れて
静かに見送るつもりで選んだ形でしたが、結果として父が長年この地で築いてきた「縁」の深さを再確認する一日となりました。地域の方々に支えられ、伝統あるお寺の本堂で父を送り出せたことは、残された僕たち家族にとっても大きな救いになったと思いました。父は本当に、多くの温かな眼差しに見守られながら旅立っていったのでした。

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