第130回 父の葬儀で見届けた「へその緒」の旅立ち。祖母への忘れ物を届ける最後のお別れ#1191
2025年12月、父の葬儀・告別式。実家の片付けで見つかった昭和9年生まれの父の「へその緒」には、ある特別な想いが込められていました。それは、35年前に亡くなった祖母への「忘れ物」。京都の空の下、父が母(祖母)のもとへ届けるために携えた、最後の手土産にまつわる回想録です。
実家から見つかった、昭和9年の記憶
2025年12月10日、僕は父の葬儀・告別式に参列していました。この日のために、大切に用意していたものがあります。
それは、数年前に両親がサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)へ入居する際、実家の片付けをしていた時に仏壇の引き出しから見つけたものでした。小さな桐の箱に入っていたのは、父が昭和9年に生まれた時の**「へその緒」**です。僕の祖母が、息子が生まれた証として一生大切に保管していたのでしょう。
ちなみに、僕自身のへその緒も、母が母子手帳と一緒に今でも大事に持っていてくれています。親が子を想う気持ちの形を、そこに見るような気がしました。
へその緒に託した「母への贈り物」
以前、へその緒の供養について調べた際、心に残る一説に出会いました。「へその緒は、現世で立派に子を育て上げた母親の証。だから、母親が旅立つ時に棺に入れて持たせてあげるのが一番の供養になる」というお話です。
天国か地獄か、死後の審判を受ける場所があるのなら、「この人はしっかりと母としての役目を果たした人だ」と証明してくれる手土産になるのだそうです。
平成2年(1990年)に祖母が亡くなった際、きっと祖父も父も、そんな風習があるとは知らなかったのでしょう。だからこそ、祖母の形見としてではなく、祖母自身の「忘れ物」として残っていたのだと思います。
僕は、動かぬ父の耳元でそっと語りかけました。 「おばあちゃんの忘れ物を入れておくから、あっちで会ったら渡してあげてね」 僕からの手紙とともに、その小さな桐の箱を父のそばにそっと添えました。
京都の空の下での最後のお別れ
火葬場は、これまで祖父母や親族を何度も見送ってきた、馴染みのある場所です。菩提寺の若和尚による読経が響く中、父の身体との本当の別れの時間がやってきました。
認知症が進んでいる母も、その時は何かを感じ取ったのか、感慨深げな様子でお骨を拾っていました。けれど、この切ない光景も、きっと母の記憶からはすぐに消えてしまうのかもしれません。
静寂に包まれた実家への帰還
骨壺、遺影、そして白木の位牌を抱え、僕は火葬場を後にしました。東京から駆けつけてくれた家族を京都駅まで送り、母をサ高住へと送り届けた後、僕は一人で静かな実家へと戻りました。
仏壇の前に、父のお骨を安置します。 振り返れば約2年前、住み慣れたこの家を離れてサ高住へ移って以来、父の身体(その一部ではありますが)がここに戻ってきたのは初めてのことでした。
無事に通夜・葬儀を終え、どこか安堵したような、それでいて寂しさが込み上げるような不思議な感覚に包まれました。父は今頃、無事に祖母へ「忘れ物」を届けられただろうか、と僕は静かに思いました。慌ただしくも静謐な時間が流れた、2025年冬の出来事なのでした。
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