【京都検定対策】京都と院政:治天の君が築いた専制政治の仕組み#1159
京都検定合格を目指すなら避けては通れない、平安時代末期の政治形態「院政」。天皇に代わり実権を握った「治天の君」とは一体何者なのか?白河上皇が築いた専制政治の仕組みや、舞台となった白河の地について、初心者にもわかりやすく整理しました。試験直前の総復習や備忘録としてご活用ください。
この記事内容から抜粋した練習問題5問☆
- 天皇が位を譲り上皇となった後も、天皇に代わって事実上の政務を行う政治形態を何というか。
- 院政において、皇室の事実上の主として君臨し、専制的な実権を握った上皇のことを何と呼ぶか。
- 幼少の堀河天皇に譲位し、上皇として院政を最初に開始した人物は誰か。
- 院政期、京都の東郊(現在の左京区岡崎付近)に白河離宮を造営し、政治の中心地とした地域を何というか。
- 白河上皇が建立した法勝寺をはじめとして、院政期に白河の地に建立された「勝」の字がつく6つの寺院の総称を何というか。
☆回答は記事の最後にあります。
院政の定義
院政とは、天皇が譲位して上皇(出家した場合は法皇)となった後も、天皇に代わって事実上の政務を司る政治形態です。 これは天皇から政務が正式に移譲されたわけでも、代行しているわけでもなく、上皇個人が専制的に政権を運営する体制を指します。
治天の君(ちてんのきみ)
院政を行い、皇室の事実上の主として君臨する上皇を**「治天の君」**と呼びます。実権を握ることで、天皇を凌駕する絶対的な権力を行使しました。
院政の始まり:白河上皇
院政の先駆けとなったのは、第72代天皇の白河上皇です。彼は幼少の堀河天皇を即位させた後、自らは上皇として政治の実権を握り、長期間にわたる専制政治の基礎を築きました。
京都と院政の関わり
院政期、京都には「院」の御所として白河や鳥羽といった地域に広大な離宮が造営され、そこが政治・文化の中心地となりました。特に白河の地には、法勝寺をはじめとする「六勝寺」が次々と建立され、院の権勢を象徴する華やかな仏教文化が花開きました。
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前述の練習問題の解答☆
- 院政(いんせい)
- 治天の君(ちてんのきみ)
- 白河上皇(しらかわじょうこう)
- 白河(しらかわ)
- 六勝寺(ろくしょうじ)