千年の時を超えて。京都に息づく「紫式部」の面影をたどる旅#1140
千年の時を超えて愛される『源氏物語』。その作者である紫式部は、京都の街で何を想い、物語を綴ったのでしょうか。最愛の夫・藤原宣孝との生活や、執筆の舞台となった廬山寺など、彼女の生涯と京都に息づく足跡をたどります。京都検定の備忘録としてはもちろん、次回の京都散策のガイドとしてもご活用ください。
- 紫式部が仕えた、一条天皇の中宮(后)の名前は何ですか?
- 紫式部が夫の死後、悲しみを癒やすために書き始めたとされる世界最古の長編小説は何ですか?
- 紫式部の夫であり、彼女より約20歳年上だった人物の名前は何ですか?
- かつて紫式部の邸宅があり、『源氏物語』が執筆された場所とされる、京都市上京区の寺院はどこですか?
- 紫式部が参拝し、恋の歌を詠んだことでも知られる、縁結びの神様として有名な上賀茂神社の摂社は何ですか?
☆回答は記事の最後にあります。
京都の街を歩くと、ふとした瞬間に平安時代の空気を感じることがあります。その中心にいるのが、世界最古の長編小説『源氏物語』を書き上げた紫式部です。

今回は、彼女の生涯と京都に残るゆかりの地を、備忘録としてまとめました。
1. 紫式部とは?:物語に捧げたその生涯
紫式部は平安時代中期、学者家系である藤原北家に生まれました。幼い頃から漢籍を読みこなすほど才気煥発(さいきかんぱつ)だった彼女は、のちに一条天皇の中宮・彰子に仕え、宮廷生活の中で不朽の名作『源氏物語』を執筆しました。
- 本名: 不詳(藤原香子との説もあり)
- 家族: 父は越前国守を務めた藤原為時。
- 性格: 鋭い観察眼を持ち、日記(紫式部日記)では宮廷の人々を時に辛口に、時に繊細に描写しています。
2. 夫・藤原宣孝との結婚と、創作の原動力
紫式部の人生を語る上で欠かせないのが、夫・**藤原宣孝(ふじわらののぶたか)**との結婚生活です。
- 年の差婚: 親子ほども年が離れた(約20歳差)宣孝と結婚しました。
- 短い結婚生活: 幸せな時間は長くは続かず、結婚からわずか3年ほどで宣孝は病没。
- 執筆のきっかけ: 最愛の夫を失った深い悲しみを癒やすために書き始めたのが、あの**『源氏物語』**だったと言われています。
3. 京都で訪ねるべき「紫式部ゆかりの地」
検定対策としても、散策スポットとしても押さえておきたい3つの場所をご紹介します。
【廬山寺(ろざんじ)】— 執筆の地
御所の東側に位置するこの場所は、かつて紫式部の邸宅(父・為時の邸)があった場所です。
- ここで**『源氏物語』の大部分が執筆された**と考えられています。
- 初夏から秋にかけて咲く「源氏庭」の**桔梗(ききょう)**は必見です。
【上賀茂神社】— 恋を詠んだ場所
『源氏物語』の「葵」の帖では、賀茂祭(葵祭)の場面が印象的に描かれています。
- 境内にある**片山御子神社(片岡社)**は、紫式部が何度も参拝したとされる縁結びの神様です。
- 彼女はここで「ほととぎす 声まつほどは 昨日まで…」という恋の歌を詠んでいます。
【紫式部墓所】— 永遠の眠り
堀川北大路の近くに、紫式部と**小野篁(おののたかむら)**の墓が隣り合って並んでいます。
- 平安を代表する才女と、地獄の裁判官とも噂された奇才が並んで眠る不思議なスポットです。
まとめ:歩くほどに深まる『源氏物語』の世界
華やかな宮廷文化の裏側にある、ひとりの女性としての喜びや悲しみ。京都のゆかりの地を訪ねると、教科書の中の人物だった紫式部が、ぐっと身近に感じられます。
京都検定を目指す方も、歴史散策を楽しみたい方も、ぜひ紫式部の足跡を辿って「千年前の風」を感じてみてください。

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- 廬山寺(ろざんじ)
- 片山御子神社(または片岡社)


