【京都・勝持寺】西行法師が愛した「花の寺」と、名曲を写した西行桜の魅力#1128
京都・西京区の「花の寺」として知られる勝持寺。ここには、平安時代の歌聖・西行法師が愛し、世阿弥が謡曲に描いた伝説の「西行桜」が今も静かに咲き誇ります。
この記事内容から抜粋した練習問題5問☆
- 西行法師がこの地で出家したと伝わり、「花の寺」の別称で知られる西京区大原野にある寺院はどこか。
- 世阿弥が作詞・作曲した謡曲(能)で、老いた西行と桜の精との対話を描いた作品のタイトルは何か。
- 西行が詠んだ「願はくは 花の下にて 春死なむ」という歌に続く、春の満月を指す結びの句は何か。
- 現在、勝持寺の境内に残っている西行法師お手植えと伝わる桜は何代目にあたるか。
- 謡曲『西行桜』の中で、西行が「桜が人の心を騒がせる」と詠んだのに対し、現れた桜の精は何と答えた(異議を唱えた)とされているか。
☆回答は記事の最後にあります。
西行が出家を決意した地とも伝わるこの寺の歴史と、名曲に込められた美学を紐解きます。
目次
西行桜:歌聖が愛し、世阿弥が描いた「花の寺」の物語
京都の喧騒を離れた西京区・大原野。そこに「花の寺」として親しまれる**勝持寺(しょうじじ)**があります。この地は、平安時代末期の歌聖・西行法師が愛し、出家を決意した場所としても知られています。
今回は、文学と信仰、そして自然が織りなす「西行桜」の魅力に迫ります。
1. 西行法師と「花の寺」の深い縁
勝持寺が「花の寺」と呼ばれる所以は、その境内に咲き乱れる桜の美しさにあります。若き日の西行(当時は佐藤義清)は、この寺の桜に魅了され、ついにこの場所で出家を遂げたと伝えられています。
彼が残した有名な歌に、その思いが凝縮されています。
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」
まさに桜を愛し、桜に寄り添った一生を象徴する場所なのです。
2. 謡曲『西行桜』の舞台として
室町時代の天才・世阿弥は、この勝持寺を舞台に**謡曲(能)『西行桜』**を書き上げました。
- あらすじ: 老いた西行が、満開の桜の下で静かに春を惜しんでいると、夢の中に「桜の精」が現れます。西行が「桜が人の心を騒がせる」と詠んだのに対し、桜の精は「桜に罪はない」と優しく語りかけ、共に舞を舞うという幻想的な物語です。
この名作の誕生により、「西行桜」は単なる植物を超え、日本の美意識を象徴する特別な存在となりました。
3. 今も息づく「三代目・西行桜」
現在、勝持寺の境内で私たちを迎えてくれるのは、「西行お手植え」と伝わる桜の三代目です。
- 特徴: 清楚で気品のある立ち姿は、浮世を離れた西行の清廉な生き様を映し出しているかのようです。
- 見ごろ: 例年3月下旬から4月上旬にかけて、境内全体が100本近い桜に包まれる中、ひときわ静かな存在感を放ちます。
西行が愛した庭園を眺めながら、彼が桜の精と語り合った千年前の情景に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
アクセス・拝観情報
- 場所: 勝持寺(京都市西京区大原野南春日町1194)
- アクセス: JR「向日町駅」または阪急「東向日駅」より阪急バス「南春日町」下車、徒歩約20分。
- ポイント: 大原野神社が隣接しており、あわせて散策するのがおすすめです。
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今回のブログ記事前後の関連記事
前述の練習問題の解答☆
- 勝持寺(しょうじじ)
- 『西行桜』(さいぎょうざくら)
- そのきさらぎの 望月のころ
- 三代目
- 桜に罪はない(「木は無心なり」といった趣旨)