京都の美を塗り替えた二人の革新者|磁器の先駆者「奥田頴川」と近代化の父「ワグネル博士」#1109

京都の町を歩くと、美しい清水焼や色鮮やかな七宝に出会います。しかし、今私たちが目にしているその「色」や「輝き」は、ある二人の人物の挑戦がなければ存在しなかったかもしれません。

この記事内容から抜粋した練習問題5問☆

問1:江戸時代中期、中国・明代の磁器を手本に、京都で初めて「磁器」の焼成に成功した人物は誰ですか?

問2:奥田頴川が成功させた磁器の技法のうち、白磁に青い文様を施す技法を何と呼びますか?

問3:奥田頴川の門下から輩出された、江戸時代後期を代表する京焼の名工の名前を(青木木米以外に)一人挙げてください。

問4:明治初期、ドイツから来日し、化学的な視点から七宝の釉薬改良や新しい顔料の導入を行った人物は誰ですか?

問5:ワグネル博士が導入した新しい顔料のうち、鮮やかな青色を表現するために用いられたものは何ですか?

☆回答は記事の最後にあります。

今回は、京都の陶磁器文化に革命を起こした二人の重要人物、奥田頴川ワグネル博士についてご紹介します。


1. 京焼に「磁器」の光を灯した:奥田頴川(おくだ えいせん)

江戸時代中期の京都。それまでの京焼は「陶器(土もの)」が主流でしたが、そこに革命を起こしたのが奥田頴川です。

中国の美を手本とした色彩磁器の成功

頴川は、中国の明代に作られた磁器を熱心に研究しました。特に、白磁に青い文様が映える**「古染付(こそめつけ)」や、華やかな「赤絵(あかえ)」**といった色彩豊かな磁器の焼成に、京都で初めて成功したのです。

  • 功績のポイント
    • 京都における磁器生産の先駆者となった。
    • 青木木米(あおき もくべい)や仁阿弥道八(にあみ どうはち)など、後の名工たちを育て上げた。

彼がいなければ、現代の華やかな清水焼のスタイルはもっと違ったものになっていたかもしれません。


2. 科学の力で伝統をアップデート:ゴットフリード・ワグネル博士

明治初期、近代化の波が押し寄せる中で、ドイツから一人の科学者がやってきました。それが「ワグネル博士」です。

伝統工芸に「化学」という新しい風を

ワグネル博士は、単なるお雇い外国人ではありませんでした。彼は日本の伝統美を愛しつつも、職人の勘に頼っていた技術に**「化学的エビデンス」**を持ち込みました。

  • 功績のポイント
    • 七宝(しっぽう)の釉薬(ゆうやく)改良:それまで濁りのあった色を、透明感のある美しい発色へと進化させました。
    • 新しい顔料の導入:コバルトブルーなどの洋風の色彩を取り入れ、より鮮やかな表現を可能にしました。
    • 京都府画学校での指導:工芸技術の教育にも力を注ぎ、近代産業の礎を築きました。

彼の教えは、京都の伝統工芸が「古臭いもの」にならず、世界に通用するアートへと進化する大きな力となりました。


まとめ:伝統と革新のバトン

自らの手で土をこね、中国の美を再現しようとした奥田頴川。 科学の目で見つめ直し、新たな輝きを授けたワグネル博士

この二人に共通しているのは、「もっと美しいものを作りたい」という飽くなき探求心です。次に京都で陶磁器を手に取るとき、その色の裏側に隠された彼らの情熱を感じてみてはいかがでしょうか。


編集後記

京都検定の勉強をしていると、こうした「人物のドラマ」が見えてくるのが面白いところです。ただの暗記ではなく、背景にあるストーリーを知ることで、京都の街歩きがもっと楽しくなりますね!

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この記事を書いた人
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ロスジェネ40代の、あれこれ記録帳を運営しています。
京都市出身、現在は東京都江東区に住まい、妻と一緒に小学生&保育園の二人の子育て中。両親の介護で京都との二拠点生活です。
「野菜作りを楽しむ」をコンセプトにした家庭菜園や農体験の運営を仕事として10年やってきました。今は独立して様々な情報発信などのお仕事と、不動産の管理などをしています。

前述の練習問題の解答☆

【解答】

答1:奥田頴川(おくだ えいせん) 答2:古染付(こそめつけ) 答3:仁阿弥道八(にあみ どうはち) 答4:ワグネル博士(ゴットフリード・ワグネル) 答5:コバルトブルー(洋風の顔料)

Posted by ロスジェネ40代の、あれこれ記録帳