🏯古都の発展を担った顔ぶれ:明治・大正初期の「京都市長」列伝#1081
京都の発展の礎を築いた歴代市長たちに焦点を当て、明治・大正初期のリーダーたちの功績を辿ります。
この記事内容から抜粋した練習問題5問☆
- 明治31年に市会によって初代民選市長に選ばれ、京都三大事業計画の発案・準備に尽力した人物は誰ですか。
- 第二代京都市長として、初代市長が発案した京都三大事業を本格的な実行段階に乗せた人物は誰ですか。
- 第二代京都市長の西郷菊次郎の父で、西南戦争の指導者として知られる維新の元勲は誰ですか。
- 明治・大正初期の京都市長が実行を担った、第二琵琶湖疏水事業、水道事業、道路拡張と電気鉄道(市電)敷設事業の三つを総称して何と呼びますか。
- 第四代京都市長に就任する前、京都帝国大学の法科大学教授を務めていた人物は誰ですか。
☆回答は記事の最後にあります。
初代・内貴甚三郎が発案し、西郷隆盛の子である第二代・西郷菊次郎が実行に移した「京都三大事業」を中心に、古都の近代化に貢献したキーパーソンたちを解説します。
目次
💡初代市長:内貴甚三郎(ないきじんざぶろう)
京都市の初代市長(初代民選市長)は、内貴甚三郎です。
- 生い立ちと功績:
- 織物業者の家に生まれ、後に京都株式取引所、京都商工銀行、京都織物会社などの発起人や役員を務めました。
- 京都市会議員、参事会員も歴任しています。
- 京都五二会による伝統産業保護事業に尽力し、京都の経済・産業の近代化に貢献しました。
- 市長就任:
- 明治31年(1898年)に市会によって初代の民選市長に選ばれました。
- 後世への影響:
- 市長在任中に、後の市の発展の礎となる「京都三大事業計画」を発案し、準備を進めました。
🦁第二代市長:西郷菊次郎(さいごうきくじろう)
第二代の京都市長は、歴史上の重要人物と深い関係を持つ西郷菊次郎です。
- 異色の経歴:
- 維新の元勲・西郷隆盛と奄美大島の有力者・龍佐栄志の娘である**愛加那(あいかな)**の子として、奄美大島に生まれました。
- アメリカに留学経験があります。
- 明治10年(1877年)の西南戦争では、父・隆盛とともに薩摩郡の将校として政府軍と戦い、負傷して降伏した後に釈放されました。
- その後、宮内省や台湾総督府での勤務経験があります。
- 市長在任期間:
- **明治37年(1904年)から明治44年(1911年)**まで務めました。
- 三大事業の実行者:
- 初代・内貴市長が発案し準備した京都三大事業計画を実行段階に乗せた人物として知られます。
- 京都三大事業とは、以下の3つです。
- 第二琵琶湖疏水事業
- 水道事業
- 道路拡張と電気鉄道(市電)敷設事業

👮第三代市長:川上親晴(かわかみちかはる)
第三代の京都市長は、内務・警察官僚出身の川上親晴です。
- 経歴:
- 鹿児島出身で、内務と警察の官僚を歴任しました。
- 京都市長就任前には、富山県や和歌山県の知事を務めています。
- 市長在任期間:
- 明治45年(1912年)から大正元年(1912年)までの短期間でした。
🎓第四代市長:井上密(いのうえひそか)
第四代の京都市長は、学者から転身した井上密です。
- 経歴:
- 千葉県出身で、京都市長就任前は京都帝国大学法科大学の教授を務めていました。
- 市長在任期間:
- 大正2年(1913年)から大正5年(1916年)まで務めました。
📝まとめ
明治・大正初期の京都市長は、産業の振興に尽力した地元出身の実業家(内貴)、古都のインフラ整備を大いに推し進めた行政官(西郷)、そして官僚や学者など(川上、井上)多様な経歴を持つ人々が担っていました。彼らの手によって、今日の京都市の礎が築かれていったと言えるでしょう。

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前述の練習問題の解答☆
- 内貴甚三郎(ないきじんざぶろう)
- 西郷菊次郎
- 西郷隆盛
- 京都三大事業(計画)
- 井上密(いのうえひそか)


