#832 mission028 90歳を前に足腰の弱った父【介護振り返りnote】
実家を建て替えたのが2008年。僕が帰省した時の洋室の寝室が一つ、和室が2階と1階にあるのですが、いつの間にか「父は2階で、母は1階」ということになっていました。
家のすぐそばに漬物屋さん(京都らしく)の作業場があって、父の方が「臭いが気になる」ということで2階になったということでした。
今となっては、足腰が弱った父が2階にいあるのはどうにも危なっかしくて。
リビングにある40型のテレビを、お気に入りの座椅子に座って見る、というのが父の憩いの時間だったのですが、何かにつけて言い合いになってしまう母とのコミュニケーションが嫌になって、ベッドのある2階にそそくさと上がってしまう(手すりを持って伝え歩きがやっと)のが日常になっていました。
ケアマネージャーさんとのやり取りでも手すりの増設や、父と母の部屋の入れ替え、などが話題になったこともありましたがわりと、高齢者対応の設計にもともとなっていた家の手すりは数や配置は問題なく、父にとっては、勝手知ったる距離感と長年のリズムで、「リビング~寝室」への上り下りはゆっくりゆっくり安全にできているようでした。

整理整頓が好きで神経質な父と、物の管理は大雑把で、とにかく小物から何から断捨離できずに押入にタンスに詰め込んでしまう母とでは部屋にある物量が全然違うので、今更部屋を入れ替わることも現実的ではない。
やはり僕が企図している「そもそも引っ越して住環境を変える」来る日を待つのが正しいと思っていました。
一度だけ、トイレ(以前に一度倒れて気を失ったことのある)に一本手すりをつけてほしいと頼まれたことがあったので、取り急ぎAmazonで購入した1000円くらいのものをネジで取り付けたら「ちょうどいい、ばっちり!」と大満足だったことがありました。
僕が帰宅した時には自分のことは差し置いて、お母さんを何とかしてほしい、それは愚痴や文句というよりも「いろんな子ことを覚えられなく忘れていってしまう妻はかわいそう」という感情で僕に話してはお酒も手伝ってか、ポロポロ涙をこぼすことも何度かありました。
その時も、僕の部屋で座面に座ってしまったが最後、自力で立ち上がることはできない(ベッド・座椅子・トイレの便器・浴室の椅子から手すりづたいに立ち上がる」ので、そのままハイハイして自分の部屋に戻っていく姿は、僕のお父さんの姿としては、あまりにも寂しいものがありました。
これまでは帰ってきたら「リビングの座椅子」で「おうっ」と声をかけ出迎えてくれた姿も最近はなく、2階の寝室で「寝転がっている」時間が増えているような感じでした。
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