「もう堪忍してくれ…」父のひと言に込められた想い──コロナ禍のオンライン帰省奮闘記 #768
「もう堪忍してくれ…」
これは、2020年のゴールデンウィークに、電話口で父が僕に漏らした一言でした。
当時は新型コロナウイルスの第1波が全国を襲い、東京都では感染者数が急増。医療現場も逼迫し、「東京=感染源」といった空気が蔓延していた時期です。
東京に住む僕の家族は、毎年この時期に連休を利用して京都の実家に帰省し、当時小学生と保育園児だった二人の子ども──つまり孫たちの顔を見せるのが恒例でした。でも、2020年はそれも叶わず。出張ついでに立ち寄ることさえ、気軽にはできない状況でした。
両親は、テレビと新聞を毎日欠かさずチェックする“情報通”な世代。連日報じられるコロナのニュースに、きっと強い不安を感じていたと思います。
「東京の家族はウイルスを持ち込むかもしれない」──そんな思いもあって、帰省を遠慮してほしいというスタンスになったのでしょう。悲しかったけれど、仕方のないことでした。
その後わかったことですが、当時すでに認知症の兆しが見えていた母は、テレビの情報にかなり影響を受けていたようで、なんとスーパーでマスクを50箱近くも買い込んでいました。
そんな中、政府は「オンライン帰省」を推進。そこで、80代後半ながらスマホやiPadを使いこなせる父とZoomでの帰省を試みようと、僕たち夫婦は動き出しました。
妻は長年、社内イベントの企画や社長秘書を務めてきたキャリアウーマン。マニュアル作りも得意で、父専用の「オンライン帰省マニュアル」をPowerPointで作成し、最新のiPadと一緒に京都の実家に郵送しました。そして「○日にZoomで孫と会おう」と約束を取りつけたのです。
しかし、当日。Zoomのログインや会議室への参加など、思った以上にハードルが高かった…。
「IDとパスワードを入力する」──たったこれだけの作業でも、父にとっては大変な負担でした。コピペも使えず、ひたすらアルファベットと数字を一つひとつ手入力。電話越しに指示しながらの遠隔サポートは、なかなかうまくいきませんでした。
そしてついに父が、絞り出すようにこう言ったのです。
「もう堪忍してくれ…」
その声には、悔しさと疲れ、そして孫に会いたいという想いが滲んでいました。

結局その日はZoomではなく、LINEのビデオ通話を使って孫の顔を見てもらうことに。なんとか目的は果たせたものの、僕たち家族もぐったりと疲れ果てた、忘れられないゴールデンウィークの思い出になりました。
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