#844 mission040 両親の引っ越し奮闘記!サ高住入居までの道と意外な発見【介護振り返りnote】

両親の引っ越し、結局父が要支援1、母が要介護1の認定区分のまま住まいを変えることになりそうです。
入居のための与信の審査的なもの、主治医から渡った健康状態と処方されている薬の引継ぎなども通り、次は、施設(サ高住)の方の、両親への顔合わせです。
これは、実家を訪問してもらう形でなされるのが通例のようでした。
その際に、家の雰囲気や普段の生活状況などもチェックしているのでしょう。

この時点では、サ高住、マンションの役割分担がサービスごとにどうなっているか、まだまだ僕も理解していませんでした。
引っ越しの予定日時が2月中旬。
この顔合わせ面談は、1月末に組まれました

時間は午前中、お昼前。これは参加される方の日時調整と、こちらの希望としては午前中で、父がお酒が入って調子も態度も悪くなりきる前が理想だったこと。
来られたのは、サ高住の施設から施設長・介護の責任者・看護の責任者、そして担当になるケアマネージャー。

やり取りは問題なく、というか、やはりさすがに介護・看護の現場で日々奮闘されている皆さんのコミュニケーションはさすがで、父も母も安心しきって話をしていました。
父としてはよろしくお願いしますと、母は、最初から最後まで何が何かはわかっていないようで「いずれお世話になるマンションの方を息子が連れてきたのかな」くらいの感覚でした。

振り返れば、この時来られた4人の方それぞれと、このあと1年の間にも、たくさんのコミュニケーションをとることになるとは、思いもよりませんでした

そして、意外な発見が、僕のその後の「遠隔介護対応」に新しい道を切り開きました。
京都市内には、松原通という東西に延びる道があるのですが、これが意外にもキーポイントだったようで、この日来られたケアマネージャーさんと話した際、
「何で家まで来られたんですか?」
「マイベンツです(笑)」
と言って指さしたのは、原付バイク。
よく考えると、東山区の実家、下京区のサ高住の建物、いずれも松原通に近い位置に存在していました。これまで電車やバス、京都駅からのアクセスなんかを考えていたのですが、確かに実家ーサ高住の移動が増える。
「自転車が使える」
とその時思ったのです。

そんな関係者面談、そして、逆にこれまでお世話になってきた東山区の地域包括支援センター、ケアマネさん、訪問看護の先生、それぞれに「あくまで予定」としてサ高住への引っ越しの旨を伝え、あと数回の対応を引き続きお願いしたのでした。

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京都市出身、現在は東京都江東区に住まい、妻と一緒に小学生&保育園の二人の子育て中。両親の介護で京都との二拠点生活です。
「野菜作りを楽しむ」をコンセプトにした家庭菜園や農体験の運営を仕事として10年やってきました。今は独立して様々な情報発信などのお仕事と、不動産の管理などをしています。

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